あと十日で水を落とす。

今年は雨が多かったので、水を引いてくる手間もいらずに済んだ。楽チンよ。しかしなんだか田んぼがスカスカな感じがする。たぶん収穫は少ないだろう。刈って見ないと分からないけれど、自然相手だからこんな年もある。私は柑橘類もたくさん作っているから、今年の蜜柑は水っぽいだろうなと思っている。

柿なんか、甘くなかったら食う気はせんわな。コメの味はどうだろう。もともと水稲というから、水が必要な作物だ。陸稲と違って、水があるからこその味になる。そうは思っていても不作の年のコメは、もう一つ物足りないのも事実だ。この雨模様の天気が晴れに変わったら、カメムシ、ウンカの消毒をする。

今のところ順調だ。田んぼの水を落として十日もすれば稲刈りをして米にする。そういえば昔、稲刈りをする時になっても毎日雨が降った年があった。稲は、刈り取る前から発芽していたものよ。昔はそんな年でさえ、異常気象だ、地球温暖化だという人はいなかった。今と昔、どちらの人が賢くなっているんだろう。

50年前には地球温暖化が進んでいて気候変動が顕著になっていた、というんだろうか。だいぶん涼しくなったし、もう雨はいらんな。雨を見ながら毎日本を読んでいるから体が鈍ってきた。ビールもうまくない。やはり汗をかいて体を動かしてこその生活なのだ。

盆には、かわいい妹たちが来て、

今年は親父の七回忌だから灯篭を作って寺の行事に参加した。私の横には「萬倍矣」(万倍なり)と書いてある。何が万倍なのかというと、兄妹が仲良く過ごすことが眞の道だというのだ。この世の中で生きていくことは厳しいことが多々ある。

それでも年に一度は先祖を祭り、楽しく過ごすことができれば、これに勝ることはない。私も何とかここまで漕ぎ着けた、というところだ。欲は言うまい。ある程度やってきたら、あとは宿命だと思っている。やっと父母のこと、祖父母のことが分かってきたような気がする。

出来の悪い跡取り息子であった。それも先祖たちが築いてきた結果の話よ。観念して静かに田畑を耕して生きていくつもりだ。どうやらこれが性に合っている。東京や大阪での生活は、夢のまた夢の思い出話よ。

やっと灯篭ができた。

今日は七日盆だからぎりぎりセーフか。親父の七回忌だ。法事もしたしな。出来の悪い息子でもこれくらいはと思っている。親父は都合があって、三男坊なのに家業を継いだ。上の二人はとても出来が良かったらしい。東京の叔父に甘えて、東京に行きたいと何度もせがんだらしい。

世間は厳しいのにね。おかげで私が家業を継いで、一人百姓仕事に汗を流している。家の伝統的なことは親父を飛ばして、祖父から私に教えられた。これから迎え火、送り火の、松の根っこ(肥え松)を使った松明を作る。これも親父は作らなかった。私が子供のころから作り続けている。

いや、サラリーマンしていた時には親父が作ったんだろう。盆には、昔のことを思い出している。我が家の紋は、丸に蔦だ。でもこのデザインは珍しいでしょ。いろんな種類の透かし彫りの型紙が残されている。こんな伝統も、地域から消えていくんだろうか。15日には灯篭焼の行事がある。