人と話していて、レイモンド・チャンドラー、フィリップ・マーローと言っても通じなくなっている。もう随分と昔の話だからね。私自身もそう言いながら、「えっと、何と言ったっけ」と、その名を言葉に出来ないでいる。45年も経つと、あるいは、年取った兆候だ。それで本棚から埃をはたきながら取り出して確認する。しかし物語も何も、覚えてはいなかった。しょうがないからパラパラとめくってみる。
訳者が明治生まれの人で、言葉遣いも夏目漱石みたいだ。蹴玉? サッカーかフットボールの事だろうか。東大で勉強ばかりしていたんだろう、漢文の読み下し文みたいな直訳が多い。たぶん英語の原文も、時代のある文体なんだろうかね。シェイクスピアの引用もあって、なかなかの昔風がいっぱいだ。私が20才の時、本当にこの本を読んで理解したんだろうかと疑って見る。
中身は推理小説で、とくに深い意味はない。シャーロックホームズの冒険と変わらない。s57年、当時はラジオをよく聞いていた。そこでアメリカのハードボイルド小説として流行っていたのだ。たぶんたくさんの日本人が読みふけったことだろう。ハードボイルド、という意味さえ分からずに、その言葉を話していたもんさ。それよりも私はスッカリ中身を忘れていた。
荒唐無稽な話だから、どうでもいいけどね。ギムレットとか、マティーニ、の話が有名だ。私もこの本で酒の名前を覚えた。内容を忘れていたから懐かしさも何もないけど、不器用な我儘を貫いて生きる、他の探偵ものもそうだけど、私の人生観・価値観そのものやないか。アメリカ人なのに、なぜなんやろ、と面白く読み返していた。たぶん、あれからの私の人生に深く関係している。
ベストセラーだったから。多くの日本人が思いを込めたはずだよ。夏目漱石の本に共感したようにな。年相応に、古い文体には免疫があるけど、今の若い人には苦しいかな。求めるものが違う。大体、彼らは本を読まない。昨日、大阪の天王寺にある阿倍野ハルカスに安藤広重展(浮世絵)を見に行った。私は電車の中で文庫本を読んでいたけど、他の乗客はタブレットの画面で操作を楽しんでいた。
写真とかメールとか色々ある。新聞読む人もいなかった。時代の風景よ。東海道53次の浮世絵は、実際は小さな紙切れに描いた、それぞれの風物詩だ。とてもよく描けている。デフォルメ、頭の何で作り上げた風景だ。山水画みたいなのもあるけど、実際のとは違うわな。せっせと書きまくった、才能のある人が羨ましい。私だって芸大へ行って絵を描きたかった。
夢は夢として、たまに展覧会へ行ってその才能を見極める。会場は人で一杯で、何度も監視員に怒られた。「写真は撮らないでください」。みんな携帯で絵の前で撮っているのに、私だけ怒られたよ。壁に手を掛けないでください、と。なんか目立ったんだろうかね。大人しくして退場した。入場料1900円、こんなものか。本物を見られたんだから、