石垣の草刈りをした。

伊賀田屋敷と呼ばれていた。今では私一人がそんな言葉を覚えている。旧由良守應宅だ。蔓草にぶ厚く覆われていたので、久々に取り除いた。石工が丁寧に布積みにしてある。石灰岩の石で、たくさんの化石が引っ付いている。この地域独特な岩石だ。経年劣化が目立つ。酸性雨に弱いからな。

守應もそれは分かっていたと思うんだ。カネがあるんだから、普通に住宅用の青石を使えばよいのに、と考える。現代では、こんな石積み職人はいない。文化遺産だね。古井戸もあって、竃の跡まで残っていた。どこかに小判の箱が隠されている。と、私は思っている。

たいそう頭の良い人だったから、安々とは見つかるまい。私が子供の頃、守應を直接見た人が生きていた。手の届く歴史なんだ。世間とは隔絶した、それは恐ろしい顔だったという。幕末、維新と、大変なものを見たんやで。

菊池海荘の湯浅町には『風雲録』と共に書類があった。すべてが処分されている。本人が家ごと買い取って、跡形もない。夢の跡か。石碑は、私が除幕式の綱を引いた。